連載:仕事遍歴16 西田清美(昭和7年生)カドリールニシダ会長/堀江昭二が来る

(画像は週刊現代1966年7月28日発売号)

話は前後するが、昭和41年の終わり頃に、ワコール時代の友人堀江昭二が尋ねてきた。聞くとワコールの塚本幸一社長と喧嘩して辞めたという。昭和40年にワコールでタミーガードルを大ヒットさせた翌年だった。西田は「一緒にやろう」と言いたかったが、当時はその日暮らしで、自分が食べるだけで精一杯。仕方なく「しばらくは他で働いてくれ、儲かるようになったら必ず声をかけるから」ということで帰ってもらった。
そして、堀江はグンゼに転職した。その頃のグンゼはメリヤス事業に続く第二の基幹事業としてファンデーション事業を立ち上げたばかりだった。堀江昭二は日本では数少ないファンデーションのデザイナーで、なおかつワコールでタミーガードルを大ヒットさせた人物。当時のファンデーション業界にあっては知られた人物で、新規参入する大企業がたくさんある中で「来て欲しい」という会社はたくさんあった。
昭和44年1月。その堀江は西田が会社を作ったと聞いて再び尋ねてきた。だが、当時も起業したばかりで余裕がない。彼の実力を誰よりも知っている西田は何とか契約社員で入社させることにした。だが、実際には満足な給料は払えず、忙しいときだけ外注で仕事を出し、毎日出社することも必要ない契約社員として雇用した。それからの堀江昭二はすでに働いていたグンゼとカドリールニシダの二足のわらじで仕事をするようになる。ちなみに、当時の堀江がグンゼと契約していた報酬は9等級に分類された給与体系の中の7等級で本社課長並みの優遇を受けていた。                                                                                                                                           画像中央が堀江昭二、その前が堀江夫人

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インタビュー  下
カドリールニシダ顧問  高橋弘氏
ポケットから10万円、領収書はいらない

友人の小川が明日本社に車で行くから連れて行くぞ、といわれ一緒にいった。当時のブラジャーは1本あたり下代150円程度。量販店がブラジャー1本200円前後で販売していたので、うちの下代は高かった。量販店は大量に欲しがっていたので、ワコールなどのパターンを真似て安く作れば、いくらでも売れて手っ取り早く金になる時代だった。だが、西田会長は当時からそんなことはさせなかった。あくまで身につける消費者のことを考え、着用感の良いものを独自にパターンを起こして作り販売した。物作りにはこだわる人だった。
うちの会社は企画の人を多く抱えている。すべての商品は一つ一つパターン作りから始まり製品化するのが当たり前になっている。だから、製品や資材在庫が多く、資金繰りが昔から悪かったように思う。しかし、うちの会社は一度も給料が出なかったり遅配したことはない。会長は金の心配を社員にさせてはならん、ひもじい思いをさせてはならんという人だった。
昭和49年に臨時賞与が出た時はうれしかった。当時は独身で私の給料は4万5000円だが、その時の臨時賞与は50万円。茶封筒に入れた現金でもらい重かったので、千円札ばかりかなと思ったが、中身は1万円札で50万円入っていた。その時の金は1円も使わず初めて三菱銀行に預金口座を作り通帳を持った。それが、結婚した後にマイホームを建てるときの資金にあてた。
入社20年目には鐘紡主催のパリツアーがあり「お前行ってこい、勤続20年のご褒美だ」と言われた。その時に生の水を飲むな、生の牡蠣を食うな、スリに気をつけろ、と会長から言われた。そして、「お前も金がいるやろ、これは領収書はいらん」とポケットから出した10万円をもらった。うれしくて、エルメスのネクタイを1本買ってお土産で渡した。
西田会長と京都のステーキーハウス「男爵」で初めてあってから45年経つが、社内外でうちの会長の悪口を聞いたことがない。会社が健全で大きくなる要素はトップの人間性が一番だと思っている。営業に出ていると、そのことをつくづく感じる。オーナーがその場にいなくても、その生き様がしっかりしていれば大きな支えになる。
西田会長はいつも言う。バイヤーは騙せても消費者は騙せない。しっかりしたものを作り、良い物だと消費者が体感してくれたら、同じ物をまた買ってくれる。それがブラジャーだと。
うちの会社は社会貢献などまだまだ人並みにできていないが、ことブラジャーに関しては間違いのないものを作り消費者に恥じないものを提供していると自負している。
西田会長は45年前に初めてステーキハウスで会ったころと何も変わっていない。だからいまでもついてこれた。私は別に下着が好きではないが、あの親父の人間性に引かれたからこそ、ここまでこれた。すごい人だと思っている(終)。

高橋弘顧問

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