ラヴィアドウ2月28日会社解散、3月1日から白鳩の東京営業所に業務移転継続

個性的なランジェリーメーカー株式会社ラヴィアドウ(東京恵比寿本社・鈴木信三社長)が2月28日で会社を解散し、その事業は3月1日付で株式会社白鳩(京都市本社・池上正社長)が新設した東京営業所・ラヴィアドウ事業部として引き次ぐことになった。2月28日までの取り引きはすべてラヴィアドウで、その後の3月1日からは白鳩に業務移転し、その日をもって株式会社ラヴィアドウとの取り引きは終了し、新たに株式会社白鳩ラヴィアドウ事業部との取り引きになる。
これは、新たに事業再構築を進めたいと願うラヴィアドウと中期経営計画で5年後に売上100億円を目標とする両社の思惑が一致したもの。白鳩は5年後年間売上100億円に向けてEC事業を拡大する中で自社PB(オリジナルブランド)や卸事業の強化拡大を進めており、今回のラヴィアドウブランドを内省化することで、その拡大につなげたい考え。また、ラヴィアドウ側は長年に渡り、主力得意先だった品揃え型下着専門店が相次いで倒産、廃業する中で販路が狭まり事業拡大に苦慮していた。
株式会社ラヴィアドウは1986年、当時26歳だった鈴木信三氏とDCブランドニコルのデザイナーだった24歳の松村明子さんが下着を作ることで意気投合し、渋谷のアパートで資本金300万円を半分ずつ出し合い起業したのが始まり。1980年代~1990年代前半にはDCブランドの洗礼を受けた若者が新しい感性の洋服を作りたいと起業するデザイナーたちが大勢いた。その流れは下着業界でも起こりキッドブルー、キャミソール、KTプランニング、ピーチジョンなどで若いクリエーターが相次いで登場した。
だが、それらのクリエーターが繰り出すランジェリーを受け入れた下着専門店は市場から消え去り、それに代わって登場し台頭してきたのがファストファッションやネット通販事業者だった。
今回のラヴィアドウ解散と、白鳩への業務移転はある意味では時代の流れに沿ったブランドを活かすための必要な手段とも言える。白鳩は3月1日付で東京営業所を開設した。そこは、ラヴィアドウの旧恵比寿本社事務所で、実態としては、ラヴィアドウの事業とスタッフ全員の雇用はそのまま白鳩に引き次がれることになる。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る